●死は平等に訪れず、万物の霊長たる人は、人故に死んでも平等になれない2 2 2014.08.02 儂は悪くないぞ!松平が!松平の奴が悪いンだ! https ameblo jp killc…

●死は平等に訪れず、万物の霊長たる人は、人故に死んでも平等になれない2/2
2014.08.02-儂は悪くないぞ!松平が!松平の奴が悪いンだ!
https://ameblo.jp/killc/entry-11900981606.html

ただ、面識があったのは事実で宗教家としてではなく、実業家として認識していた。先に企業と書いたのは、教祖の植松愛子は、大蔵官僚出身の武富士顧問(もうヤクザが出てきた)徳田博美の親類と結婚(後に離婚しているが、徳田の名を利用するためか姓は戻してない)しており、徳田愛子と名乗っている。

 この徳田一族の出資で、愛子が1978年に東京都杉並区南荻窪で設立したのが、(株)三十鈴(現・(株)ミスズ)。健康器具、食品の販売、そして今も続いてる学習塾経営が主な事業であった。

 この企業を母体に宗教活動をおこなっていくが、ここに半田親子、父、半田利晴と息子、半田晴久こと深見東州が加わる。

 さて、この半田利晴皇族周辺を笹川良一の指示で、うろつく与太者というか、笹川の盟友であった。当時は、皇后の実家であることを理由に久邇あたりが皇室に金を無心していた時代だ。こういった与太者が多く出入りしていた。苦しくも嘆かわしい時代だ。

 笹川良一といえば右翼の老害(皇族の誰がいってたかは秘密)で、戦犯者救済活動や日本船舶振興会で有名だ。戸締り用心~のフレーズで始まる、あのCMを憶えている方も多かろう。

 笹川は李承晩や蒋介石と懇意であり、一時期、統一協会日本支部顧問や、国際勝共連合の名誉会長に就いていた。そういった人物の元にいたのが、深見東州だった。